副業探索!ほくほく党

噂のカットモデルアルバイト。初めはお得なバイトと思ったが…

Twitterでカットモデルのバイトを発見!これで楽ができる

私が当時大学1年生19歳から、大学2年生20歳の間に経験したアルバイトのお話です。とにかく楽で面白くて稼げる、そんなアルバイトを探していました。あるわけがないのに。当時19歳で大学1年生の私は、面白いアルバイトを探してネットサーフィンをしていました。

Twitterで「カットモデル募集!」の文字を見つけ、気になっていたこともありすぐにDMを送りました。適度な連絡をとり1週間後には面接を終え、無事カットモデルをすることになった私は、少し舞い上がっていました。やったぞ、これで楽ができる、と。

初めてのカットモデルのアルバイトは、週1(たまに週2)で交通費は支給、拘束時間は2時間程度。練習台といった感じの仕事内容で約1万円程度のお給料。時給にすると大体1,000円といったところ。当時コンビニアルバイトを主なアルバイトとしていた自分は、少し小遣いが増えて嬉しくなった記憶があります。

想像していた通りの楽なアルバイト。多少の恥ずかしい思いも気にならず

想像していた通り、楽なアルバイト。面白いかどうかは別として、練習台を終えた後のカット、カラーは無料。正直いいことづくしでした。そして、凝りもせず私は2度目のカットモデルをすることにしました。次はコンテストの様な物で、近場の人たちで競い合う、というような練習試合の様な物でした。

2度目の出勤回数もほぼ変わらず、交通費は勿論支給。さらにはシャンプーやトリートメントを支給され、いくら染められても髪はサラツヤ。ただ不満に思ったのは、出勤場所が少し遠くなったことくらいでした。そんなこんなで、割にあっているなあ、などと思い、私はルンルンで通い続けました。

そして、当日。私は練習試合といえども、少しワクワクしながら出勤しました。そして「今日は衣装あるから!」という言葉で、更にワクワクしました。その幻想は一瞬にして打ち砕かれました。なんというかまあ、センスがひどい。普段の服装から推測できたものだが、楽な仕事に目が眩んでいた私はそんことにも気づきませんでした。

ピンクとも紫ともいえないTシャツに白いズボン、そして淡い色の重なりまくったストール。極め付けには、中学生が好きそうなネックレス。その異形の姿を身に纏い、私は大阪の電車に乗りました。ここまで恥ずかしいと感じたことは、今までなかったかもしれないと感じるほどに、乗客や通行人の視線が痛かったのをよく覚えています。しかし、その後1万円と少しの交通費で私はそんなことは、どうでもよくなりました。

何かがおかしい…「アルバイト代は終わった時にまとめて払うね」

1度目、2度目とカットモデルアルバイトを無事に終え、これなら何度でもできる、などと考えていました。2度目の醜態も大して気にはなりませんでした。少し時間が立ち大学2年生、20歳の夏「TKくん、またカットモデルしない?」という突然の連絡に私は歓喜しました。勿論、即OK。二つ返事で承諾しました。

よくよく聞くと、次はカットモデルの大会でのモデル役らしい。なんだそんなことか、と思い久しぶりの美容院へ。1度目の出勤を終えて帰ろうとした時、「次は今週の土曜日に来てくれる?」その時気づけば良かったものを、当時の私は特に気にも留めずに「わかりました!いいですよ!」なんて言ってしまい、後に後悔することになります。

そうやって、出勤回数はどんどん増え、髪の色は凄い色になり、コンビニアルバイトにも少し影響が出て来ました。コンビニで働きながら、約週3出勤の1ヶ月間を終え、アルバイト代が貰えるものだと思っていた私に美容師の人は「終わるときにまとめて払うね!」と言い、続けて「来月末に大会だから、その日は空けといてね、あ、その次の日もね!」とだけ言ってその日を終えました。次の日も?ああ、今までと同じ様に髪の染め直しとかかな?と考えていました。

大会が近づくにつれて、みるみるとダサい髪形に

この頃、正直少しずつではありますが不安が、違和感が増していきました。更に髪の色は変わっていきました。1ヶ月目は前髪だけ金色でヴィジュアル系のような髪型に。それくらいであれば、滅多にしない髪型で寧ろ楽しいくらいでした。大会に近づくにつれ、金色は更に薄い金色へ。そして赤い色がその場所に入れられ、気付けば赤色と灰色、黒色、など様々な色が前髪に集中しました。

前髪の色が変わるだけでは収まらず、サイドの髪はツーブロックに。ツーブロックといっても、もみ上げから上にかけて少しずつ色が濃くなっていく様なツーブロック。1番薄いところで0.5ミリ。この辺りで少しずつ恥ずかしさを感じてきました。イメージ、テーマはヤンキー。と言われ、更に恥ずかしくなりました。

私は帽子を買いました。帽子をかぶろうとも溢れ出る、ダサい髪型は、正直どうにもなりませんでした。しかし、やはりと言うべきか、当時の私は馬鹿でお金に目が眩んでいたこともあり、気付けばダサい髪型のことなど頭に殆どありませんでした。

出勤回数は増えたし、要求も増えてきた、きっと給料は上がるに違いない!こんなに、頑張っているんだから少なくても2ヶ月で3万円くらいはもらえるだろう、と高を括っていました。その計算でもきっと割にあってはいないのでしょうが。

大会前日、最後の練習は12時を回る

大会前日、遅い時間に呼び出され集合場所へ向かうと、多くの人達(美容師と奇抜な髪型の2人組が数組)がいました。今から大会?遅いなあ、などと、思いながら聞いてみると、なんと今から大阪から福井県へいくらしい。聞いていない。そう、何も聞いていないんです。

途中SAにて、何でも食べていいよと言われ、どうにかして金を遣わしてやろうと考え1番高いカツ丼を頼みました。福井県へ着いたのは夜9時過ぎ。到着してすぐ、私はボロ雑巾のようにマネキンとして、何度も整髪料をつけられたり、アッツアツのドライヤーを吹き当てられました。

12時を回ったころ「よし、今日は終わりにしようか」という美容師達の上司の一言により、無事その日を終えた。かに思えましたが、現実はそう甘くない。「4時集合、4時半から練習再開だから、しっかり寝てきてね。」正直、ぶん殴りたかったです。結果1時間も寝ることはできず、眠たい目をこふりながら練習に参加。その間約2時間。すでに地獄に足を踏み入れていました。

大会本番、地獄の時間を終えた私はもう2度と仕事は受けまいと決意

翌日、というか当日、8時頃に会場集合ということで練習を終え、メイクを施され7時半頃に宿舎を後にしました。大会が始まり、バタバタと物音がする中、私はゆっくりと目を閉じました。そうです、寝ました。

1分にも満たない睡眠は私の身体をより疲れさせてくれ、さらにテンションが落ちる一方。その後モデルとして30分間同じポーズで立ち続けなければいけないという試練があったのですが、その直前「ちょっと寝てた?眠いよね?ハハハッ!」うるせえ、と思わずにはいられませんでした。

言わずもがな、凄ください服装で脇汗をかきながら耐え忍び、ようやく大会を終えました。結果は入賞、3位になり「ありがとう!TKくんのおかげだよ!本当にありがとう」という有難いお言葉をいただいたが、私は、今すぐにでも帰りたい気持ちでいっぱいでした。帰りのバスでは爆睡。

バスが到着し、さあ、待ちに待ったお賃金タイムです。「今まで本当にありがとう、少ないけど、お給料です。本当にありがとう」という言葉とともにお賃金を受け取りました。ワクワクしながら封筒を開けると、中には2万と交通費少し。本当に少ねえじゃねえか!

高らかに笑う私の声は虚しくも夜空にかき消され、2度とこんなことするもんか、と思いながら帰路に着きました。余談ですが、後日、凝りもせず「またカットモデルしない?」という、連絡を受け取ったや否や、彼の連絡先をブロックしました。

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